ぜっぽう星人の侵略

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「たかが殺人じゃないか」紹介(ネタバレなし)と感想・考察

2021年の「このミステリーがすごい!」1位の「たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説」、(辻真先)のネタバレなしの紹介と、ネタバレありの感想・考察です。

 

紹介(ネタバレなし)

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昭和二四年、ミステリ作家を目指しているカツ丼こと風早勝利は、名古屋市内の新制高校三年生になった。旧制中学卒業後の、たった一年だけの男女共学の高校生活。そんな中、顧問の勧めで勝利たち推理小説研究会は、映画研究会と合同で一泊旅行を計画する。顧問と男女生徒五名で湯谷温泉へ、修学旅行代わりの小旅行だった―。そこで巻き込まれた密室殺人事件。さらに夏休み最終日の夜、キティ台風が襲来する中で起きた廃墟での首切り殺人事件!二つの不可解な事件に遭遇した勝利たちは果たして…。著者自らが経験した戦後日本の混乱期と、青春の日々をみずみずしく描き出す。

「たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説」、辻真先東京創元社

 

 

ぜっぽう星人の評価

4.5/5

 

全体的に良くできていたミステリーだった、と思う。

特徴としては作者がかなりご高齢(2021年現在88歳)ということで、舞台が昭和24年、1949年ということ。

私も最初は勘違いしていたが、昭和24年に書かれたわけではない。2020年出版。

私は戦争経験者ではないので、その当時の感覚が非常に生々しく書かれていた点が新鮮であり、空気感が良かった。最近のミステリーにはないこの本の特徴であり、良いところ。青春的な描写も色んな意味で複雑で、戦後の闇が深くもあり、いい味を出していた。

トリックの部分も、個人的に違和感はなく合格。

マイナスポイントとしては作者の趣味、職業柄、映画の話が出てくるところ。好きな人にはもちろん刺さると思うのだが、私には良く分からないので飛ばし読みしてしまった。謎解きに必要なことしかしゃべらないのではリアリティに欠けるので、それはそれでおかしいのだが。笑

まとめると、終戦直後の空気感、青春感を、ミステリーという風呂敷の中で色鮮やかに感じられ、面白かった。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレあり!!

 

感想・考察

トリックは正直、全然予想が出来なかった。

密室殺人の方は、わざわざ不自然に滑り台だとかの描写があったのでトリックに関係するのかなあとは思ったが、内容までは流石に分からなかった。コナンの脚本も担当されている、とのことでコナンっぽさを感じました。(悪く言えば少し無理がある)

ただちゃんと材料は描写されていたので、「そんなの分かる訳ないだろ」といった理不尽感は感じさせないのは良かった。

解体殺人の方は、あまりヒントが無かったように感じる。

ちらっとネット上の感想を読むと

「バラバラにした意図が不明」

というのがあったが、

バラバラに見せかけて実はまだバラバラではなく、解体に要する時間を確保できない、という理由よって時間的なアリバイを成立させる、という意図だった。

確かに恨みがあったとは言えトリックの成立のためだけにバラバラにするのは操はやらなさそうではある。

 

犯人の絞り込みは惜しかった。動機のありそうな咲原鏡子か、現場にいた大人であり、先生が犯人、というインパクトから別宮操かなと思っていたが、別宮操は前作での主人公だと思っていたので、さすがに主人公を殺人犯にはしないだろう、と考えた。

が、前作の主人公は那珂一平だということらしく、勝手に騙されていた。

 

また、密室殺人とバラバラ殺人、この2つの謎を解くミステリー小説だと思わせておいて実は叙述トリック的な、読者に干渉してくるトリックもある。

最初に犯人を宣言する、というものである。私は全然気が付かずに、最後まで読んだあと読み返し、ほんとだ書いてある、、、となった。

自分も一瞬分からなくなったので一応解説すると、

勝利が書いている本=いまあなたが手に取っている小説

ということ。

事件を踏まえて書き上げたのがあなたが手に取っている「この小説」だということになる。

勝利は「1ページ目で犯人を紹介する」という手法を使っており、本文の最後にてみんなが「この小説」を読み始めているため、最後に「この小説」の冒頭が書かれている。

最初私は、「勝利が書いた小説内で起こった、勝利が考えた架空の事件」が「この小説」だと思い、別宮先生も生きていて入室してきたのか、と思った。

(この小説の中での現実では何も起こっておらず、勝利の小説をみんなで読んでいる)

読了後、この可能性も考えてみて、自分の中で違うと納得したのだが、この記事を書いていてよく分からなくなってきた。

だが少なくとも作者的には、

「実際に起こった事件」をベースに勝利が書いたのが、貴方が呼んでいる「この小説」

という想定で書いているのではないだろうか、と思う。

あなたが読んでいたのは全部物語の中の架空の話でしたーーー!

という終わり方をするような作品とも思えない。

 

小説の中で小説を書いている、ということで最後には「物語の中で書いている小説=実際に読者が手に取っている本」となるのかー、と漠然と感じてはいたが深くは考えず、冒頭に戻る、というのをしなかった自分が悔やまれる。。。

ただ気が付かなかったことで逆に見事に術中にはまれたのは良かったか。

ミステリーということで犯人やトリックに気を取られ、叙述トリック的な、読者へのトリックからは見事に視線を外されていた。秀逸。

最近思うのだが、ミステリーが好きで変に「ミステリー慣れ」してしまうと、トリックに気が付き覚めてしまう、という悲しい仕組みがあると感じる。

逆に深く考えずに読める人の方が向いているのかもしれない。

 

タイトル回収

殺された徳永のセリフでした。

確かに、戦争中に「敵」を殺すのは殺人ではなく、戦後になった瞬間裁かれる。

この辺りの、戦争中なら人を殺しても良い、という不思議さ、非道さ、つまりは戦争の愚かさ、おかしさを遠回しに表現している気がします。

作者が、実際にそう感じたのではないかなあ、と思っていて、そこからこの小説のこのシーンへと肉付けしていったのかも知れない。

 

表紙絵

これは修学旅行中の主人公勝利と、鏡子が夜に会うシーンですね。93ページあたり

青春感の溢れる、鮮やかなシーン。

鏡子も普通の女の子であれば勝利と恋愛をしていただろうに、それができないという、とても悲しい現実を孕んでいるシーンでもある。

この後勝利は鏡子が娼婦だったと知るのだが、137ページの「好きだったのに。畜生」というのがとても印象に残っている。

これは、

「ハヤトのオンリーなので、(物理的に)もう恋ができない」

という意味なのか、

「娼婦という汚れた女とは(精神的に)恋ができない」

という意味なのかどちらなのだろう。

いや、どちらの意味もあるではないか、と思う。

この年代を舞台とする小説ならではの、悲しいシーン。

ハヤトは善人であり、父をペニシリンで延命できているのである意味幸せであり救われてはいるが、鏡子に本来許されるべきだったのはこのような形の幸せではない。

最後に

トリックの若干の無理矢理感、映画の話の部分は微妙だったものの、全体的にみてよくできたミステリーだったと思う。

前作「深夜の博覧会 昭和12年に探偵小説」も読んでみたいが、別宮操も登場するとのことで、操の掘り下げ度によってはまた悲しくなりそうです。